教師 紹介 

      橋本政奉略歴

1964年 名古屋市にて越智実バレエ団に入団。
1968年 東京バレエ団入団
1971年 フリーと成り、厚木凡人・漆原宏樹氏に師事する。
       厚木凡人氏のリサイタル『列記号シリーズ』に多々出演する。
1981年 妻大井晴子の死去に伴い同スクールの主宰者と成る。
2002年 20年に渡って活動した日本バレエ協会の運営委員(途中 
       「神奈川ブロック運営委員長」・「関東支部支部長」を歴任)
       を協会退会に伴って辞める。   
2003年  以後、スクール主宰と川崎洋舞連盟副会長を継続し務める。

           な作品年譜
           (『太字』は本人選定の代表作品)

’79年   『浦島太郎』 現代舞踊協会 新人公演  (以下「現・新」と表記。)
’76年   『3人の舞踊主の為のバレエ』 神奈川県芸術舞踊協会公演 (以下「神芸協」と表記。) 
       『ボトムの末裔』 現・新
’77年   『ノンサンスな男』 現・新
       『続・ノンサンスな男』 神芸協
       コッペリアより『祭りの場』 神芸協
’78年  『プリミティブ』 日本バレエ協会・夏の定期公演 (以下「日バ・夏」と表記)
’79年  ジョイント・リサイタルにて 『25時への旅』を発表
’81年  ジョイント公演にて 『緩やかな曲線(カーブ)』 (写真掲載) を発表
’82年  『番 号』 日バ・夏
’83年  ソロ・シサイタルにて 『境界線』発表 (写真掲載) 
’84年  『リトミカ・オスティナータ』 神奈川ブロック公演 / 日バ・全国
’85年  『滑らかな微笑み』 スクール発表会
      『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』 神芸協
’86年  『椅 子』 日バ・夏
      『出発は明日』 神芸協
’87年  『サティーのワルツ』 (写真掲載) 神芸協
’88年  『カノンとジーク』 日バ・夏 / 神芸協 
      『 エレジー』 川崎文化祭
’89年  『三つのエピソード』川・文  『熱い微風』 日バ・夏 / 神芸協
’90年  『美神(ビーナス)誕生』 『それでも空は青かった』 神芸協
      『真夏の夜の夢』の演出 神芸協
’92年  『乾いた雨季』 日バ・夏 /神芸協
’94年  『四 季』 / 『a little trip of morning』 神芸協
’96年  『おゝ それで我々は何処へ行くのだ!』 神芸協 
’97年  『五月の風』 神芸協
’98年 改訂版『おゝ それで我々は何処へ行くのだ!』

 
『サティーのワルツ』1987年・音楽堂


       リサイタル 『境界線』 1983年・俳優座                バルトーク『舞踊組曲』・音楽堂

 
           『緩やかなカーブ』 1981年

 

 
          『境界線』 1983年                      『小組曲』 1976年

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